やることはこれだけ。
- スマホで録音を開始しておく
- 役所で「生活保護を申請しに来ました」とはっきり言う
- 追い返されたら、その録音を持って弁護士や法律相談に行く
なぜこれで通るのか
我々は最低限度の生活は常に保障されてます。その理由は法律、憲法からも明らか。
第1条(目的) この法律は、生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
第25条(生存権) すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
そして、その権利を使う意思がある人を、役所が勝手に追い返すことはあってはなりません。これも法律から明らかです。
第24条第1項 保護の開始は、要保護者、その扶養義務者その他の関係者の申請に基づいて行う。
第24条第2項 保護の開始を申請しようとする者は、厚生労働省令で定めるところにより、申請書を福祉事務所の設置者に提出しなければならない。
ざっくりいえば、誰を助けるかを役所が勝手に選ぶのではなく、「保護してほしい」と申請しにきた人を調べたうえで判断する、ということです。 申請のスタート地点は、申請の審査を通過したときではなく、あなたが「生活保護を申請したい」と意思表示したときです。
条文には「申請書を出す」と書いてありますが、実務や判例では、
- 申請書の提出だけが唯一の申請ではない
- 「生活保護を申請したい」という意思がはっきりわかる状態なら、口頭でも申請として有効 と解釈されています。
厚労省の実務資料や、弁護士会の意見書などでも、
- 申請意思が確認できた人には、申請書を交付し、記入を援助し、受理されなければならない
- 書類が足りない、若い、まだ働けそう、といった理由で申請書を渡さなかったり、受理を拒んだりするのは不適切 と繰り返し書かれています。
つまり、あなたが窓口で「生活保護を申請しに来ました」とはっきり口に出した瞬間に、
- 法律の設計としては、申請の意思が明確になった
- 役所側は、その人にきちんと申請手続きに乗せ、調査し、結果を通知する義務が生まれる というわけです。
ただ、役所はよく相談で片付けようとしてきます。 「まず相談からにしましょう」とか言ってきて、申請書を出させないようにしてきます。 しかし生活保護はあくまで「申請に基づいて判断する」制度なので、「相談しに来ました」ではなく「生活保護を申請しに来ました」と明確に口に出すことが重要になります。
自分が申請したときの話
まーひどかったですよ。
まず録音しておき、「生活保護を申請しに来ました」とはっきり言いました。
銀行口座は1万円くらいしかないこと、食べるものもほとんど残ってないこと、働く気もないことなど、いろいろ伝えました。 ところが役所の担当者は、なかなか申請書を出してこないわけですな。
しかも机を叩いて威圧しながら「若いのに生活保護に頼るなんて、恥ずかしいと思わないのかい?」とか「健康なんだから、まだ働けるでしょ?」とか言われました。
自分は弁護士とかではないですが上記の法律くらいは知ってたので、冷静に「申請するのに年齢は関係ないですよね?」と返したりして結果的に申請書を出してくれました。
これくらいならまだ可愛いもんだと思います。ひどいケースだと
- 国民の税金で食っていく気かい?
- とりあえずバイトから始めてみたら?
- まずは親や兄弟に頼ったら? とかあるらしいです。身も心もボロボロで頼るアテがない人にこんなことを言ってくるとか、人の心とかないんか?って思いますな。
ここまで読んだあなたへ
この記事に行きついている時点で、あなたは相当追い詰められているかと思います。 「ここまでしんどい思いをしているのに、まだ自力でなんとかしないといけないのか」と思うのはごく自然なことです。
生活保護は役所に「お願いします」と頭を下げる制度ではないです。 我々には最低限度の生活を守る権利がありますから、窓口の一職員の価値観や機嫌で勝手にその権利を奪われていい理由はどこにもありません。
そもそも今の時代、物価高や電気代の高騰によって、年収の中央値にいる人でも生活が苦しくて当たり前の時代になってます。 あなただけがダメなわけではなく、今の日本社会が厳しくなっただけだと思います。
自分は前職で働きすぎて不安障害を患い、お金も底を尽きたので生活保護を受給しました。 受給してからは自分のペースで生活できて、心身ともに回復しました。 受給しながらプログラミングの勉強をして、結果的に外資系のIT企業に就職できました。 これは自慢したいわけではなく、「生活保護を受給すること = 人生終了」では全くないということを伝えたいからです。
というわけで、遠慮なく生活保護を申請しちゃいましょう。では。